雪籠り
ようやく思いが通じ合い、晴れてただの男と女、恋仲になれたというのに、こいつらときたら一向に進展の気配がない。
それもそのはずで、元部下たち(元、と言ったら酔った武彦に盃でなぐられた)や日高見のひとびとに囲まれて、小倶那も遠子もふたりきりになる暇がないのだ。かれらの再会にひと役どころか大変な働きをして、双方の事情の一部始終に付き合わされた菅流にしてみればじれったいことこの上ないのだが、土木に明け暮れる小倶那とそのかたわらで声を張り上げている遠子のいきいきした姿を見ていると、ふたりとも離れ離れでいた時間を取り戻しているところであり、そう急ぐこともないかとも思うのだった。
(おれもたいがいお人好しだな)
いずれにしても当人たち以上に気を揉んでいるのはたしかで、うっかり老けてやしないかとことあるごとに水鏡を覗き込む日々が続いている。
季節は冬、池にも川にもだんだんと氷が目立つようになり、やがてこんこんと降る雪があたりをまるく覆うようになった。みなが大急ぎで工事を進めたのはこのためで、あまりにいっぺんに住人が増えたので寒さをしのげるようなすまいがまったく足りていなかったのである。
ようやく揃いならんだ新しいすまいのひとつに、遠子と小倶那はただふたりきりでいた。さきほどまで武彦があれやこれやと世話を焼きにきていたが、菅流がもう十分だと連れ帰ってからぱったりと音沙汰がない。ここは東のはて、早い日暮れにあたりは群青にしずみ、音という音は雪に吸いとられていく。暖をとるための火がぱちぱちと爆ぜ、静寂を紛らわそうと小倶那が灰をかき回す音だけがそこにあって、ただ、不思議と心地よかった。
火の世話をするふりをしながら、小倶那は向かいの遠子を盗み見る。火明かりに赤く照らされた遠子の伏しがちな目が、潤みを帯びて星のようだ。その炎のような気性をおさめることを覚えて、彼女はますますきれいになった。遠子の炎は生命のかがやき。小倶那が小碓として深く囚われていた大蛇の力とはまるで性質のことなる、あたたかなひかり。
大碓皇子の影として与えられたものの数々はたしかに小倶那をしゃんと立たせ、強く立派に振る舞うための鎧となって身についているが、まっとうに人でいられるのは遠子がいるからだ。それは強大な力が手を離れたあとも変わりはなく、むしろ手放したからこそ、遠子を求める疼きは日に日に強くなっていた。
いつも迎えにきてくれるのは遠子のほう。
でももう、ぼくは昔のぼくじゃない。
小倶那がそっと腰を上げると、遠子ははっと顔を上げた。幼い頃とはちがう、なにか張り詰めたものがふたりのあいだにあって、今まさにふっと揺らいで溢れ出そうとしている。
怖がらせないように、そうっと向かいにまわりこむ。しゃがんだまま遠子の隣までいくと、小倶那はつとめて落ち着いた声でたずねた。
「さわっても、いい?」
戸惑ったようにこくりとうなずく遠子のうしろにまわり、腕のなかにおさめた。細い腰を両脚ではさんで、頭を垂れて耳を寄せる。
「重くない?」
「ううん、あったかい」
ふふ、と笑うと少し力が抜けて、遠子の重みがこちらへ寄りかかった。触れ合う肌のあちこちからちりちりと火花が散るような心地で、こんなに近くにいるのにまだ近づきたい、そう思って腕の輪を狭くする。
「いつも小倶那のこと抱きかかえてかばっていたのは私のほうだったのに」
すこし悔しそうに言う遠子に、小倶那は小さく笑った。
「もう一生ぶん抱えてもらったよ。今度はぼくの番」
声に艶がまじっているのに気づいて、遠子の耳が真っ赤に燃える。小倶那はその先をくちびるでするりとなぞって、囁いた。
「一緒に寝ても、いいかな」
それがただの共寝でないことは遠子にもわかった。また一緒に過ごせるようになって、小倶那の変化も成長もひととおりわかったつもりでいた。ところがとんでもなかった。回された腕の、覆いかぶさる胸の、閉じ込める膝の、ひとつひとつがもうとんでもなく男の人になっていた。
ぎゅっと縮こまってうなずくこともできない遠子の、小倶那の腕を握りしめて離さない手を同意ととって、小倶那はその膝裏に腕を通す。ふわりと持ち上げて寝床に横たえて、愛しい頬を手の甲でそうっと撫でた。
出歩くものは一人もなく、雪はしんしんと降り積もっていく。