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雲隠れのロビン

5

 世界の勢力図からひとつの国が消えた。
 国境に控えていた敵国の軍隊は、目前にしていたはずの城塞を見失って首を傾げ、士気を大幅におとして撤退した。あるはずの町にやみくもに攻撃をしかけた将軍は、弧を描いて戻ってきた砲弾にやられて命を落とした。
 そうした逸話はあとを立たず、戦意は畏怖にとってかわる。
 かくして、戦はいったんの幕引きを得た。
 まちの人々はそんなことはつゆ知らず、いつの間にか戦の気配が消えたことを喜んだ。よく食べよく飲みよく働き、そのうち、酒場の片隅で、家族の団欒で、あるいは娘たちのさざめきのなかに、ある噂がもちあがった。
 人々が戦争の影に怯えていたとき、年若い少年がふらりと町にやってきた。どこか浮世離れした姿とはうらはらに、素朴な口ぶりで「すみません、おなかすいちゃって」と民家の戸をたたく。食事を与えると、かれは律儀に頭を下げて名を名乗った。
「ぼく、ロビンっていいます。ぼくがきたからもう大丈夫ですよ」
 そうしてにっこりわらってから、煙のように消えてしまうのだそうだ。それからいくらも経たないうちに、戦争は影もかたちもなくなったという。
 似たような噂は各地にあらわれ、戦を厭い、日々の暮らしを愛する人々の心をつかんだ。
 雲隠れのロビン。その名はおとぎ話として、のちのちまで語り継がれることになる。

fin.  

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