最強のふたり
7
シグルドたち盗賊の背後にいたのは、やはりウォーロック家だったが、キースは素知らぬ振りでグレア嬢との顔合わせの日を迎えた。
無論、ただですますつもりはない。証人であるシグルドはもちろん、イグニスやロビン、さらにはアリソンの伝手まで持てる手段は全て投入して、当日に臨む。
貴族らしく正装で着飾ったキースの背後には、ロビンが目くらましで隠した者たちがぎゅうぎゅうと詰めている。ロビン、イグニス、ダン、クロエ、シグルドたち、アリソン、オリバー、それから司法省の役人が二人。かれらは、ウォーロック側が言い逃れしないよう、アリソンが頼み込んで来てもらった。
横にいる両親も、向かいのウォーロック家も、そんなことは露ほども知らない。
顔ぶれが全員揃い、テーブルに料理が並べられる。グラスに淡い色の酒が注がれ、婚約の顔合わせは穏やかに始まった。
真向かいで目を伏せている少女にはつらい思いをさせることになるだろう。そう思って、キースは少し前まで気が引けていたのだが、その口元に浮かぶ笑みを見て、これは大丈夫だなとある意味安心した。
彼女の表情は、いままでさんざん嫌味を言われた他の令嬢と、そっくり同じ傲慢さをたたえていたのである。
慣例にのっとって、まずキースの父が挨拶をした。クローバー家の由緒とキース本人について。続けてキース自らが口を開き、それがすむと返すかたちでウォーロック家の当主が同様に挨拶をはじめる。
途中でがまんならなくなり、キースはその口上を引き取った。
「そして、領地の管理もそこそこに、ハイランドとグラスランドの州境にゴロツキをばらまき、罪もない人たちから金品を巻き上げて、グラスランドがさらに苦しくなるように圧力をかけた。それがウォーロック家のやり方ですね」
「お前、いきなり何を言い出すんだ」
ウォーロックが顔を真赤にし、キースの両親は泡を吹きそうになっている。いい気味だと思ってキースはさらに続けた。
「風の道での悪事はさぞ儲かったことでしょう。王都へ向かう品物は品質のいいものが選りすぐられる。強そうな相手には手を出させず、まずいと思ったらお得意の爆薬で全部埋めてなかったことにしてしまう。そういうおつもりで?」
「何を根拠に……」
相手がかろうじて絞り出した一言に、キースは軽く椅子を引いて、優雅に足を組んだ。
「僕には、亡霊の声が聞こえるんですよ」
そう言って手を組み合わせ、極上の笑みを浮かべながら首をかしげる。
「ほら、いまもいますよ。あなたが見捨てた男たちが」
照明がフッと消えて、青い火の玉が漂い始める。誰もがぎょっとしてあたりを見回すなかで、キースだけがゆったりと微笑んでいた。
「ほら……」
青い炎をまとわりつかせた人間の姿が、ひとつ、ふたつとキースの背後に立つ。
「見覚えがあるんじゃないですか? 相当恨まれてますね」
グレアは真っ青になり、その父は頭を抱えたまま動かなくなってしまった。
「僕が彼らから聞いたことは真実だと、認めたほうがいいですよ。そうでなければ、このまま取り憑かれて……」
「やめてくれ、俺が悪かった!」
「全部あなたの仕業ですね?」
「わかった、みとめる、何でもするから助けてくれ!」
とうとう白状した。キースは思わず「よし!」と手をにぎる。
「はい、たしかにいただきましたー!」
クロエの声がバカバカしいほどよく通った。火の玉はすっかり消え、シグルドたちももとの姿に戻っている。キースはどっと息をついて、アリソンに労われた。
「なんでもするって言いましたね? グラスランドはおかげさまで大変貧乏なので、お約束は守っていただきますよ!」
目が爛々と輝いている。いきいきしたその姿は、商売人というよりもはや取り立て屋のそれだ。
「お前ら、だましたのか」
ウォーロック側だけでなく、キースの両親もぶるぶると震えている。これにはアリソンが酷薄な笑みを浮かべて応じた。
「だました? さきに陥れようとしたのはそっちでしょう。こっちは頭使ってやり返しただけですよ。ああ、おたくの金づる、うっかり売り渡さなくてよかったですねえ」
後半はキースの両親に向けた言葉だ。アリソンは顔は笑ったままで、いまだかつてないほど怒っていた。
「はいはい、こちらもいただきました」
胸に光る天秤をかたどったピン、司法省の役人がメモをとりながら出てきたところでハイランド伯はどっと椅子に崩れた。
「これはこれは、えらいスキャンダルがあったものです。おかげで我々大手柄ですね」
「私もこれで出世できるでしょうか」
役人ふたりは見かけによらずノリがよく、楽しそうに罪人を追い詰めていく。
「すくなくとも、ウォーロック家は爵位の剥奪は免れないでしょうねえ」
「そんなに」
「ええ、これは大変なことですよ」
確実に息の根を止めに来ている。キースはあわてて段取りを思い出した。
「そう、このまま僕らが世間に言いふらして、司法省にも報告が行ったら終わりでしょうね。なので」
テーブルに身を乗り出す。
「取引をしましょう」
キースの両脇にはクロエとアリソン、背後にはイグニスが控えている。この上ない最強の布陣を率いて、キースは条件を並べた。
「ひとつ、街道にばらまいた盗賊の後始末ならびに損害の補償をする。ふたつ、崩壊したファリヤの風廊の復旧費用を全額負担する。このとき、人夫は主にグラスランドから雇うこととする。みっつ、グラスランドの財政立て直しへの当面の資金援助をする。これは投資と考えてもらってもいい。将来、きっとお互いのためになるはずだ。それから」
キースはシグルドたちを振り返った。
「彼らの身柄はグラスランドが引き取る。主に警備の役についてもらおうと考えているが、彼らの生涯雇用にかかわる費用についても負担を要求する。これは、見捨てて殺そうとしたことへの償いと認識してほしい」
そこでキースは口を噤んで返答を待つ。全員の眼差しがある一人に向けられた。
彼はぐううと潰れるような声で唸り、頷いた。
「わかった。受け入れよう」
こうして、グラスランドは大きな財布と治安を取り戻し、立て直しに向かって歩み始めたのである。
「いやあ、見事でしたな。グラスランドはこれから楽しみだ」
「立派な息子さんをお持ちですね」
役人たちから声をかけられた両親は、呆然として頷くのみ。まるで状況についていけない様子だった。
「これは早く代替わりしたほうがよさそうだな。やっぱり、奥様はこちらのお嬢さんで?」
急に水を向けられて、いましがたウォーロックが署名したばかりの証文やら何やらを整理してたクロエはぎょっと顔を上げた。
「えっ、私、ちがいます!」
「そうですか? とってもお似合いだと思いますがね」
必死で首を振るクロエに、彼は残念そうに言う。
「そうですね、僕としても、クロエが一緒にいてくれたら心強い」
「キース!」
「おまえ!」
なぜかダンまで焦っている。ロビンは目をきらきらさせて、イグニスは意地の悪い顔をして次の言葉を待っていた。大事な人はみんな揃っている。キースは、今だ、と勇気を出した。
「クロエ、結婚してくれ」
「ええっ」
クロエはあからさまに嫌そうな顔をした。
「嫌なのか」
「いや、だって、こんな、適当な……」
「適当じゃないんだが」
「もっとなんかあるでしょう!」
必死で訴えるクロエに、キースは困ってしまった。そこへイグニスが余計な口をはさむ。
「クロエ嬢が嫁に行くなら、俺は次期領主の後見についてもいいぞ」
これには周囲がわっと盛り上がってしまった。
「伝説の魔法使いがうしろについてるなんて、ずいぶん箔がつくぞ!」
「クロエ、もういいから受けちゃえよ」
「領地経営なんて面白そうじゃない、悪い話じゃないと思うよ」
ロビンまで乗ってくる始末で、ダンだけが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「もう! みんな、勝手なことばっかり!」
もうひと押し。
「クロエ、俺と一緒に、これからのグラスランドを支えてください」
キースはそう言って膝をつく。どこかで見かけたうろ覚えの、ぎしぎし音のしそうな動きだったが、クロエはとうとう顔をおおってしまった。
「ずるいわ、そんな言い方」
「だめかな」
「いいわ、もらってあげる!」
そう言って、彼女はキースの胸に飛び込んだ。キースはあっさり押し倒され、その日見た天井の模様は一生忘れないだろうな、などと思った。
fin.