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最強のふたり

5

 ファリヤの風廊。
 クイーンズ山脈を貫く深い渓谷にして、大陸七不思議のひとつ。
 一説によると、大昔の魔法使いが近道のために山を切り裂いた痕だといい、それを裏付けるかのように谷底には時空の風が渦を巻いていた。その風にうまくのれば、一ヶ月を要する山越えがたった三日ですむ。ただし、流れからはずれて渦に飲み込まれると、時間と場所の両方であらぬ方向に弾き飛ばされる、諸刃の剣のような道である。
 ただ、いまでは先人が長い時間と経験に基づいてつくった柱廊がずらりと続き、旅人がどこを通ればいいのか導いてくれる。決して広くはないので、ここを通る際は事故防止のため一切の争い事は禁止、というのが商人の間でも暗黙の了解だった。
 逆に言えば、街道のうちもっとも逃げ場のない場所でもある。
 さらに、王都につながる道ともなれば、自然とたくさんの品物が集まってくる。盗賊たちはそこに目をつけたのだった。

 キースが屋敷に戻ってリューンをつないでいると、ふっとうしろに影がさした。
「ここんとこ忙しいっすね、坊っちゃん」
「オリバー」
 くすんだ赤毛を跳ね散らかして、瞳ばかりがきらきらとよく動く彼はクローバー家の使用人の息子で、リューンに次いで付き合いの長い幼馴染でもある。持ち前の小回りで屋敷の雑用を一手に引き受けつつ、キースの手足となって動いてくれる、ほぼ唯一の腹心であった。
 彼には、数日前から風の道まわりの偵察を任せていた。表向きは別の用件で使いに出していることになっている。
「例の件ですけど、けっこうきなくさい話になってますよ。ききます?」
「部屋で聞く」
 何食わぬ顔で自室に戻った。くつろぐ格好に着替えていると、窓の外にひょいと赤い頭がのぞいた。
 この身軽さがオリバーの売りである。
「いい話と悪い話、どっちから聞きます?」
「悪い話から頼む」
 性格出るなあ、と笑いながら、オリバーは報告した。
「やつら、渓谷のこっちがわの入り口に陣取ってます。坊っちゃんが聞いてきたとおり、どうも襲う相手を選ぶらしくて、やたら小さい荷を襲うこともあれば、護衛付きのめちゃくちゃ派手な商隊を襲うこともある。随分強気だなと思ってしばらく様子みてたんですが、ただのゴロツキにしてはだいぶちゃんとした得物もってんですよ」
「たとえば」
 キースは先を促すのに、オリバーは声を潜める。
「まず、銃っすね。それだけならまだわかるんすけど、あいつら、普通じゃ考えられないくらい爆薬も抱えてやがる」
 いざとなったら吹っ飛ばしちまえばいいと思ってるんでしょうね、と他人事のように言う。
「問題は、誰か後ろについてなきゃ、あんな量手に入りっこないってことですよ。ちまちま盗んでどうにかなる量じゃねえ」
「そうか……」
 心当たりはすぐに思い浮かんだ。なるほど、つながりが見えてきた。勘が当たっているなら、やはりろくな連中ではない。
「そうすると、戦力的にも立場的にも、だいぶ厄介っす。あいつらやっつけるなら、とりあえず頭数がないと」
「わかった。考えてみる」
「で、次はいい話っすけど」
 そこでオリバーがニヤリと笑った。
「坊っちゃんがたまに絡まれてる、ダンってやついるでしょ。ダニエル=フローレンス。あいつ、実はけっこう大したやつみたいですよ」
 話を聞いて、キースは一筋の光を見た気がした。
 動き出す条件が、ひとつずつ揃ってきていた。

「クロエ、なんでこいつがいるんだよ」
 クロエに連れられて現れたダンは、不機嫌もあらわにキースを指差した。
「『コイツ』は失礼だわ、キースは次期領主様よ」
「だから何だよ」
 幼い頃から貴族間の陰湿ないじめに慣れているキースはこの程度では眉ひとつ動かさず、平然と話を聞き流していた。
「まあ、無駄な喧嘩はよそう」
「なんだと」
 それがなおさら彼の神経を逆撫でる。
 いきり立つダニエルを片手で制し、キースはいきなり本題に入った。
「街道に出ている盗賊が、領内の人間でない、というのは本当か?」
 急な質問に面食らった様子のダニエルは、むっと一瞬黙ったあと、
「当たり前だ」
と言い切った。
「俺も家の使いに出されたときに出くわしたことあるが、あいつら絶対よそのヤツだぜ」
「なんでわかる」
「俺が知らないからだよ」
 自信満々な様子にクロエは呆れ顔だ。
「ダンったら、子供の頃からちょっと前までグラスランドじゅうの力自慢に勝負挑んでたらしいのよ。だから、暴れるような元気のある人達はみんな知り合いか仲間ってわけ」
「なるほど」
 キースは頷き、もうひとつ質問をぶつけた。
「風の道、ファリヤの風廊を遊び場にしていたっていうのも本当か?」
「どっから聞いたんだそんな話」
 これはクロエも初耳だったらしく、信じられない顔でダンを見つめている。いくらかきまり悪げにしながら、ダンは続けた。
「あそこ、度胸試しにちょうどいいんだよ。せいぜいがちょっとはずれに飛ばされるだけで、落ちたり怪我するわけじゃねえから。力で押し合ったり、どこまでぎりぎり攻められるか勝負して……」
「だから数日帰ってこなかったりしたのね! おばさんがどれだけ心配したと思ってるの!」
 クロエは怒り心頭である。キースは「一旦おさめてくれ」となだめた。
「今回は、その遊びの経験が頼りになるんだ」
「何言ってる」
 キースは彼の目を見て、できるだけ真摯に告げた。
「あの場所の治安を取り戻そうと思う。盗賊団を捕らえて、おそらく裏で糸を引いてる人間を引きずり出す。そのために、俺に力を貸してほしい」
 ダンも、それからクロエもぽかんと口を開けた。
「本気で言ってるのか」
「もちろん」
「なんで」
「だって、みんな困っているだろう。どうせ父は動かない。でも、今ある条件ならやれそうだと思ったんだ」
 それに、俺の人生もかかっている、とキースは続けた。
 どうも、この話にはウォーロック家が絡んでいる。それを確かめるための作戦でもあった。顔合わせの日は刻一刻と迫っている。早いうちに尻尾をつかんで、縁談をなかったことにしたい。そういう事情も、正直に話した。
 これから、この二人とは力を合わせていくことになる。すっきり納得しているかどうかは、いざというときの信頼にかかわる。そう考えたのだ。
「それって、大丈夫なの」
 クロエはいまだ心ここにあらずという様子だ。キースは懐から手帳を取り出した。
「それを今から説明する」
「よくわからねえけど、とりあえず聞いてやるよ」
 ダンがまっすぐキースのほうへ向き直った。
「もとは俺たちの縄張りだからな。勝手に荒らされて、俺も頭にきてたんだ」
「そうか。話が早くて助かる」
 キースが手を差し出すと、ダンはそれを力強く握った。単純だが情に篤く、味方につければ心強い男である。
「さあ、作戦会議といこうぜ」
 そう言って、ダンはぐいと身を乗り出した。

 作戦決行は、それから一週間後、通行量のすくない明け方を選んだ。
 ダンが召集をかけると、じつに百人近い人数が集まった。蓋をあけてみればそのほとんどがそこそこいい家の次男三男で、家に反発して居場所を持て余している者ばかり。それを、ガラは悪いものの悪さをさせず、日々の鬱憤晴らしに力試しと街の自衛めいたことをさせて束ねているのだから、なるほどダンは大したものだった。
「金はないんだ。報酬なら出せないぞ」
とキースが申し訳無さそうに伝えると、彼らはかえって憤慨した。
「そんなもんいらねえよ。卑怯なやつはぶちのめしてやる」
 血の気の多い様子にキースは内心震え上がったが、クロエはまったく平気だった。幼い頃からダンと一緒にいるのだ、さながら姐さんという風情で、彼らはクロエの言うことには素直にしたがうので、これにはずいぶんホッとした。男社会のヒエラルキーははっきりしている。クロエが認めているからキースの言うことも聞いてやる、そういう空気がたしかにあった。
 アリソンが古い馬車を調達し、キャスリーンの協力もあっていかにも裕福そうな見た目に仕上げた。御者はオリバー、商人役で隣に座るのはキース。幌のかかった荷台にはダンの仲間たちを満載し、その周りにも遊撃部隊を配置する。人数に余裕ができたので、渓谷の入り口でも待機。敵はあくまで盗賊で、脅しはするがそうそう人殺しはしないと事前の調べでわかっていたので、作戦はとにかく奇襲と頭の確保を重視した。クロエはもちろん留守番だ。
「時空の風が吹いているのは、せいぜいが渓谷の底のほうだけ、小さい川が流れてるとでも思えばいい」
 ダンとその手下たちは、地図を広げて説明した。
「だから、高いところを先にとったほうが有利だ。やつらも滅多にとばされたくはないだろうから、下のほうにいるやつほど動きがとりにくい。馬車が渓谷に入ったら、俺達は一気に上まで駆け上がって連中の背後をとる。そのほうが矢も射掛けやすい」
 彼らの方針は明快だった。聞けば、二手に分かれて陣取り合戦をするのとまったく同じ段取りだという。
「つくづく頼りになるわね」
「もっと褒めてくれていいぜ」
 ダンは鼻の穴を膨らませて得意げだ。キースはうっすら笑んでうなずく。
「目的はあくまで奴らを捕まえて、背後関係を吐かせることだ。戦闘になっても、熱くなって深入りしないように。特に連中は、爆薬も抱えてる。とにかく、相手を叩いてリーダーを確保したら、あとは安全第一。すぐ撤退する」
「了解」
「ほんとに大丈夫かしら」
 浮かない顔をするクロエに、心配性だなあ、とダンが返す。
「やつらもさすがに、あんな狭い渓谷で爆薬ぶっぱなしたりはしないだろ。そんなことしたら、谷が埋まって全員あの世行きだ」
「そっちじゃないわよ、あんたたちが熱くなって収拾つかなくなることのほうがよっぽど心配だわ」
「なんだと」
 実はキースもそこは懸念していたのだが、さすがに言うのは気が引けた。クロエもたいがい胆が据わっている。
(本当に、頼りになる)
 人の力を借りると、できることがどんどんふくらんでいく。初めての感覚に、キースは静かに興奮していた。

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