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復活の薬

チョビッタス/片倉あおい

復活の薬

 よくある終電での帰宅。疲れ果てた帰り道でふと目についた自動販売機に、それはあった。
「復活の薬」二千円。
 ごく普通の自販機で、新しくできたわけでもない。あまり意識したことはなかったが、ずっとあったはずだ、多分。
 並んでいる商品もごく普通の炭酸飲料やコーヒーで、「復活の薬」だけが違和感ありありで下段の一番左端に並んでいた。
 結局ただのエナジードリンクでは? という疑念ももちろん心を過ったが、その「復活の薬」のイラスト(そう空容器ですらなく、いかにもファンタジーの小物っぽい瓶のイラストなのだ!)の辺りが、こう、歪んでいるというか、微妙に他とは違う光を放っているというか、彼にはそんな風に見えた。
(まあ二千円なら払えるし。失敗しても晩酌をちょっと我慢するだけだし)
 基本ゲーム好きラノベ好きな男だったので、こういったものには弱い。あまりためらうことなく、お金を入れてボタンを押す。
 ガタン、と音をたてて取り出し口に落ちてきたものを、素早く回収する。
(割とイラスト通りじゃん…!)
 焼き物の口の細い壺で、コルクのようなもので蓋をした上に布をかけて紐で縛ってある、という、見るからにそれっぽい「復活の薬」。謎の読めない文字のラベルがついている。もちろん品質表示などは無い。ざらついたその手触りに、口元が緩む。
 自販機の前でニヤニヤしているのもなんなので、一旦家に持ち帰ることにした。「復活の薬」が鞄に入っているとなると、自然と足取りも軽くなるというものだ。
 帰り道はいつもと変わらず、人通りもなく街灯がぽつぽつとともっているだけだ。
 あまりに静かなので、にゃあ、というか細い声にも、気が付いてしまった。
 一瞬歩みを止めと道の端に、子猫がうずくまっていた。細かく震えていて、もう自力で歩くこともできないように見える。
(…アパートはペット禁止だし)
 仕方がないことだ、と自分に言い訳して、何も見なかったことにした。
 そんなことより、今は大切なことがあるのだ。


 自宅に帰りつき、のテーブルの上に置いても、その壺はやはり淡い光を放っていた。本物だ、と彼は確信する。
 何度も持ち上げてはテーブルに戻し、スマホであきれるほどの枚数の写真を撮り、ようやくちょっと落ち着いて封を開ける。漢方というかハーブというか、そんな匂いが鼻孔をくすぐった。
 SNSで今の状況を生配信しようかとも思ったが、もし飲んで何もおこらなかったら恥ずかしい…と思い返したので、動画を撮っておくだけにする。
 スマホを程よい位置にセットし、録画を開始。
 壺を手に取り、口をつけて一気に中身を飲み干した。
 動画用に味の感想などを述べるつもりだったのだが、一気にそれどころではなくなる。 ふわっと体が軽くなり、視界に光が満ち溢れた。見慣れた部屋は一瞬で消え失せ、もちろんスマホも視界から消える。
(このパターンは、勇者に転生するみたいなやつだ!)
 満ち足りた気持ちのまま、彼は意識を失った。

  * * * 

 異界から流れ着いた男は床に横たわり、まだ意識を失ったままだ。
 数人の魔導士が、それを面倒くさそうな顔で見下ろしている。
「今回のもダメでしたねー」
 と、ため息。
「だいたい、何で普通の状態なのに復活の薬飲むかな。死にかけた時とか死んだ時とかに使うんだけど。あっちの世界のゲームでもそうなってるだろうに」
 と、愚痴。
「とはいえ、こっちに来て何もわからないのも面倒なので、ポーションとかには反応して欲しいんだよな」
 と、またため息。
 彼らは、異界からの勇者を転生させる、という重大な任務を任されている、有能な魔導士たちである。そしてその任務は難航中であった。
「今回はのどうします?」
「まあ、適当な町の外れにでも置いときますかね」
 魔導士の一人がぶつぶつと呪文を唱え、手にした杖を一振りすると、床に転がっていた男の姿が消えた。彼は、転生してきた「ただの人」として、この世界で生きていくことになるだろう。彼に罪は無いが、好奇心の割に浅はかすぎたのだ…。
「ポーション買って、それを使って猫助けてたら謎の短剣をゲットできて、次に進めたんだけどな…そんなに難しいか?」
「早く勇者適性の高い人間見つからないかな」
 次の仕掛けを考えなければな…とそれぞれの持ち場に戻っていく魔導士たち。
 一人が、ふと大切なことを思い出した。
「そうだ! あの子猫を回収しなきゃ!」

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​自己紹介

チョビッタス

片倉あおい

興味の方向性が色々すぎるので、色々作っています。情報系メインですが、小説は最近ぼちぼち再開しました。



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