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プラントハンター

インドの仕立て屋さん/藤和

プラントハンター

 子供の頃からプラントハンターになるのは僕の夢だった。
 船に乗って鬱蒼としたジャングルに行って、瑞々しい植物を見付けて採ってくる。その冒険譚に胸を躍らせたものだった。
 両親も反対しなかったし、大人になって体が大きくなれば、僕も冒険に出られるんだと信じて疑っていなかった。
 けれどもどうしたことだろう。僕は十代半ばを過ぎても女の子のように小さい体のままだった。
 それでも、僕はプラントハンターの夢を諦められなかった。各地で名を馳せるプラントハンターに何人も会って、弟子入りさせてもらえないか頼み込んだ。この頃には両親も、こんなに小さな体なのにと心配そうだったけれども、それでも夢を追いたかった。
 何人ものプラントハンターに弟子入りを断られたし、両親にも諦めた方がいいと言われたけれども、僕はついに弟子入りさせてくれるプラントハンターを見つけることができた。
 僕はその人を師匠と仰ぎ、祖国でノウハウを教わったあとに、師匠と共に蒸気船に乗ってジャングルへと訪れた。
 そこは噎せ返るように暑く、祖国とは比べものにならないくらいに雨が降って、水が多い。瑞々しい植物が存在するには相応しいと思える場所だった。
 ジャングルで探すのは、主に蘭の花だ。祖国だけでなくヨーロッパ中で蘭の花は人気で、うつくしく珍しい物を見つけられれば一攫千金なのだ。
 蘭の花は地面に咲くだけでなく、時として細い木の枝の上にも輝いていた。
 その花を根っ子ごと採りに行くのに、僕の小さな体が役に立った。体が軽い分、より細い木の枝の上に登ることができたからだ。
 師匠と一緒に蘭を採って祖国で売って、その日々はとても楽しくて自信に満ちていた。
 勿論、失敗もあった。現地のガイドに騙されてジャングルの中に置き去りにされたり、蚊に刺されて熱を出したり、獰猛な野獣に追い回されたり、そんなことだ。
 たしかに、大変な仕事だ。けれども僕は次第に師匠と一緒に蘭の花を祖国に持ち帰ったことで名を上げることができた。
 僕はもうひとりでやっていけるだろうと、師匠は新しい他の弟子をとり、僕は独立することになった。
 独立して、まずはどこを目指そう。そう思った僕の目に留まったのは、極東の国ジャポン。その国には珍しい百合の花がたくさんあるのだという。
 ジャポンという国がどんなところなのか、僕はほとんど知らない。けれども、知らない場所へ行くという決心は、心を躍らせた。
 ひとりで蒸気船に乗ってジャポンに着き、僕は自分を雇ってくれる雇い主をまずは探した。祖国での噂が伝わっているのなら、すぐに雇い主は見つかると思ったのだ。
 けれども、そう簡単にはいかなかった。僕の名前は知っていても、偉大なプラントハンターがこんなに小さな体だとは思われていないようで、名を騙っていると思われてしまったのだ。
 どうしよう、長閑ではあるけれども何もわからないこの国でのたれ死ぬしかないのだろうか。帰りの旅費など無いのだから。
 そう途方に暮れていたら、僕の話を聞いて雇ってくれるという人が見つかった。僕とは祖国が違うけれども、気前のいい、朗らかな人だ。
 僕はその人の家に住み込んで、ジャポンの山に咲いている百合の花を探し求めた。
 雇い主の家から歩いて行ける距離に緑深い山があったのは幸運だ。その山には見たこともない百合の花が群生していて、僕は夢中で百合の花を採取した。
 しかし、ジャポンがいくら長閑な国とは言え危険はあった。山の中には熊が住んでいて、時折姿を見せるのだ。
 熊除けの鈴を付けて、時には熊から逃げながら、僕は百合の採取に夢中になり、その花を雇い主の祖国に送ってそれなりに大きな利益を得た。
 この国でも冒険はあるんだ。そう思いながら過ごしていたある日、ジャポネーズが集まる市場に行くと、驚くべきものが目に入った。
 それは、植木鉢に指された棒に蔦を絡みつかせ、鮮やかな花を咲かせる丸い花。いや、丸いだけではない、いろいろな形があって、でも葉の基本的な形はみな同じで、どうやら同じ種族の花を品種改良したものを集めているようだった。
 その花の名は、アサガオと言った。
 僕はその日以来、アサガオに夢中になった。ほんとうに、百合の花のことなど忘れるほどの衝撃だったのだ。
 僕はジャポネーズから種を買い付け、アサガオを育ててみた。栽培は容易で、種の運送も簡単だ。それを確認した僕は、雇い主に許可を取ってアサガオの種をヨーロッパへと送り出した。
 それから一年後、ヨーロッパでアサガオが大人気になったという話が入って来て、百合の花以上の利益が僕達のところに転がり込んできた。まさかここまでとは思っていなかったようで雇い主も驚いていた。
 利益はもちろん魅力的だけれども、アサガオはそれ以上の魅力がある。品種改良をして、形を変える姿が愛おしい。
 僕はこの国でアサガオの品種改良をしながら、この花と共に一生を過ごそう。
 命をかけた冒険は終わるけれど、心の冒険は終わらない。

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​作者

​自己紹介

インドの仕立て屋さん

藤和

短編集が多いのでいつだって全力で迷子!
なに書いてるのかもうわからんね。






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