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推しと私と逃避行

森山書店/森山流

推しと私と逃避行

 これはエッセイではなく、フィクションである。
 2022年3月末、ここに至る1ヶ月間で私は1.4キロ痩せた。二次元の推しの身を案ずるあまり、心労が募り食欲が大幅に落ちたことによる。推しは某人気青年漫画の、主人公に敵対するヒール役なのに妙に人気のある殺人者で、あらかじめその死は決まっているようなキャラクターなのだが、まあその時が実際くるとなればオタクはつらいのだ。いよいよその漫画の完結間近とあって、推しは結局予想を凌ぐあわれで美しい死に様を誌上で展開し、私は茫然自失となり最終的には二次創作の筆を折ることになるわけだが、そんな中でもう一つ心労の原因になっていた人物がいる。三次元のあらたな推しである。
 そのひとは小島秀夫という。言わずと知れたゲームクリエイターの男性(58)である。メタルギアの小島監督。ゲーム好きならその名を知らぬものはない。
 私は据え置きゲームが全面禁止の家庭で育ったため、そもそもプレイステーションを遊んだことが人生35年で一度もない。そんな中で小島秀夫とメタルギアを教えてくれたのは、誰あろう伊藤計劃その人である。円城塔の熱烈な読者である私はしぜん伊藤の読者にもなり、彼のメタルギアノベライズ小説、メタルギアソリッド4ガンズオブザパトリオットを読んではじめて小島秀夫の世界に触れることとなった。伊藤が小島監督の猛烈なファンなのは有名で、この小説の文庫本の巻末には、死せる伊藤へ小島監督が寄せた解説文がついている。
 私はそもそもスネークがなにをしている人なのかすら知らない状態で読んだ。それでもまったく問題なく楽しめるどころか、最後には感動して泣けるくらい没入感ある読書になり、それからの私は「二次創作をやるならこれを書きたい、こういう小説を書きたい」と思ってながく目標とすることになる。と同時に、「いつかプレステを買って、このメタルギア4というゲームをプレイしてみたい」と思って過ごすことになった。
 それから十年あまり経ち、ひょんなことからプレステ3を得た。ソフトを買おうと思って最初に思いついたのがこのメタルギア4だった。この時ガンアクションや近接戦闘描写を書きたいと思っていたので、参考になりそうなゲームがほしかったこともあり、中古ソフトを探してすぐに購入し遊びはじめた。しかし如何せんプレステ未履修の身である。操作がままならない。グラフィックがプレステ3でも充分きれいすぎてうろたえる。タイトルコールを出すのに一日かかってしまった。これでは一生かけてもクリアできないので、ゲームオタクの友人に相談する。
「メタルギア初代からやんなさい。ゲームアーカイブスで買えるから」
 と言われてそのようにする。さすがに初代はジャギジャギの荒いドット絵で地形も単純だ。それでも基本の仕様は変わらず、スネークが潜入して隠れて進んでいくのみである。あとなんか電話するとみんな応援してくれる。やさしい。でもむしろ初代のほうがめちゃくちゃ死ぬような気がする。攻略サイトを見ながら進むと、だんだん仲間が増える。楽しいな。
 などとやっているうち、ふとまた思考は伊藤に戻る。これがあの伊藤の熱愛していたゲームか。そもそもこれを作った小島監督とはどんな人なのだろう。
 小島監督のtwitterはフォローしていた。監督が毎年出す今年の俺ベストミステリ本10選「ヒデミス」が充実の内容で、それが目当てだった。そういえば全然ゲームに関係ない。なんであんなに本の話に詳しいのか。メタルギアはコナミ在籍時代の話だが、今はなにをしているのだろう。気になってtwitterを遡って熟読し、なぜか大量にある本の話、映画の話、ロックの話、それから女子高生顔負けの自撮り写真に目を通し、コジマプロダクションのサイトをしみじみ眺め、そして私はいつの間にか、小島秀夫を推しと擁する人間になっていた。
 かっこよかったのだ。本が大好きで、特にミステリとSFをメインに毎日読み、映画も子供の頃から膨大な量を見続けてこれも毎日1本ペースで見て、UKロックを聴きまくり、美術館や博物館にもふらっと出かけ、レゴや怪獣フィギュアで遊んで、映画や小説の販促のTシャツにジーンズでNIKEを履いてるtwitter廃人のおっさん。好奇心と新しいものへの貪欲さの塊。映画を見ればすぐ感動のあまり号泣し、いちばん好きなバンドはジョイ・ディビジョンの、ナイーブで少年みたいなめがねでヒゲでムチムチの58歳である。こんな、こんなん、推すしかないだろうが。
 二次元の推しを弔う間もなく、ほぼ入れ替わるように三次元の推しへの思いが募り、余計に食欲をうしなっての1.4キロの体重減少であった。推しが推せすぎると健康状態が悪化する。人間まだまだ知らぬことが多い。
 推しがアイドルであれば音源を買ったりグッズを集めたりすればいいが、ゲームクリエイターである。どうしたら良いのか。とりあえずは現状のプレステ3の筐体で遊べる小島監督作を買った。推しはtwitter廃人で、読んだ本や見た映画はすぐにツイートするので、日々それを追う。普通に新作サーチの参考になって便利である。あと推しは魂がギャルなので自撮りの供給がめちゃくちゃある。それを見ながら、お揃いにすべく本やバンドのTシャツやスニーカーを買った。自撮り写真を元にファンアート似顔絵を描いて投稿したところ、推し本人のRTといいねをいただくというファンサもあり、妙に充実した推し活ライフになりつつある。
 小説を書く身としては、ここまで来ると思うことはひとつ。
「推しと自分との夢小説を書きたい」
 夢小説とは、基本的には二次元の推しキャラクターをメインに、その恋愛の相手役に書き手=読み手の移入対象を据えた小説である。この場合は小島秀夫の相手役を自分にすることになるが、こう書いているだけでなんだか狂人の陳述みたいな気持ちがしないでもない。いわゆる「ナマモノ(実在人物)」は禁忌とされている二次創作小説界隈のタブーの問題もある。そこでここは一応真面目な書き手として思案した。
「小説家になって億を稼ごう」という松岡圭祐による指南書がある。名著である。松岡がここで開陳しているみずからの執筆方法として、「実在の俳優をまずキャラクターのモデルとして配置し、そこから人物像を固めていく」というものがある。もちろん構想段階のベースにするだけで、完成品についてこれは誰がモデルだったなどと公表することはない。ただ、この方法だとまず外見描写が書きやすいとか、性格を見た目から勝手に想像していけるという利点があり、私も真似して2作ほど書いていた。これだ。これで小島秀夫を出発点としてキャラクターを作ろう。
 ということで、今回出来上がった我らが主人公を「新田秀明」という。神戸市にあることにした架空の研究所、再生発生医科学研究所(CeRMS)に勤める研究者(35)。めがねでヒゲでちょっとマッチョな、ナイーブで情に脆い、でも倫理観が異常な人間ということで決着した。ヒデの字だけ推しからいただいているが、私は小島秀夫のほかに庵野秀明と瀬名秀明と眞島秀和を推しているヒデコレクターなので、これは入れざるを得ないのだ。
 対する相手役はどうするか。これは自分自身を反映してもおもしろくない。それならば、ということで、新田秀明の性別逆転クローン人間の少女、ヒカリ(18くらい)というキャラクターを設定した。このふたりが研究所を逃げ出して大冒険と道ならぬ恋に陥るというのが構想である。ここまでやればもはや狂人の夢小説という枠を出て、バイオSF×歳の差恋愛×逃避行サスペンスということでどうにか人にもお見せできそうだ。この最初の構想を秘密にすればの話だが。
 これはエッセイではなく、フィクションである。いっさいの記述の信憑性は保証しない。

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森山書店

森山流

本が好き。絵も描く。



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